素因減額
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身体的素因と心因的要因


素因減額とは、事故前から被害者にあった身体的または精神的な素因が事故とともに損害の原因となっている場合に、その素因を考慮して損害賠償額を減額する考え方です。

素因は身体的素因」と「心因的要因」に分類され、このうち身体的素因については、「疾患」に該当しない場合、特段の事情のない限り素因減額はできないとされています。

被害者に事故の一部原因があれば過失割合の問題、損害の一部原因があれば素因減額の問題となるわけで、素因減額が認められる場合、損害賠償について民法722条2項(条文後掲)の過失相殺を類推適用して減額の計算がされます。

身体的素因

身体的素因とは、既往の疾患や身体的特徴などであり、首が長いという身体的特徴について素因減額を否定した最高裁判例(後掲)があります。

身体的素因については、特段の事情のない限り、個々人の個体差の範囲である「身体的特徴」によっては素因減額されず、「疾患」に該当し、その疾患の「態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するとき」に素因減額されるという考え方が最高裁判例によって示されています。

素因減額を肯定した最高裁判例①

一酸化炭素中毒の既往症について
(最高裁平成4625日判決)


事故前に一酸化中毒に罹患していた被害者が、事故で頭部を打撲し、その数日後に精神障害を呈して3年近く入院を続け死亡に至った事案でした。

最高裁は、
①被害者に対する加害行為と被害者の罹患していた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において、
②当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、
③民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、
素因減額ができるという基準を立てました。

その理由として、「損害の公平な分担を図る損害賠償法の理念」を挙げています。

そして、事故による頭部打撲傷のほか、事故前に罹患した一酸化炭素中毒も原因となっていたと認定して、50%の素因減額をした原審高等裁判所の判断を是認しました。

素因減額を肯定した最高裁判例②

頚椎後縦靭帯骨化症について
(最高裁平成81029日判決)


事故前から頚椎後縦靭帯の骨化が進行していた被害者が、事故で頚椎捻挫等の受傷をして、頚部運動制限、頚部痛、上肢の痺れ等の症状が発現した事案でした。

最高裁は、上記平成4年6月25日判決が立てた素因減額の基準について、以下の諸事情等によっては左右されないと判示しました。

  • 加害行為前に疾患に伴う症状が発現していたかどうか。
  • 疾患が難病であるかどうか。
  • 疾患に罹患するにつき被害者の責めに帰すべき事由があるかどうか。
  • 加害行為により被害者が被った衝撃の強弱。
  • 損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者の多寡。

そして、これら諸事情等を理由に素因減額を否定した原審高等裁判所の判決を破棄して差し戻しました。

素因減額を否定した最高裁判例

首が長いという身体的特徴について
(最高裁平成81029日判決)


首が平均的な体格に比べて長く、多少の頚椎不安定症のある被害者が、事故で頚椎捻挫、頭頚部外傷症候群などの受傷をした事案でした。

最高裁は、上記平成4年6月25日判決が立てた素因減額の基準をふまえながら、次のように判示しました。

「しかしながら、被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである」

その理由としては、「個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきだからである」等としています。

そして、首が長く多少の頚椎不安定症があるという身体的特徴について、「疾患に当たらないことはもちろん、このような身体的特徴を有する者が一般的に負傷しやすいものとして慎重な行動を要請されているといった事情は認められない」として、素因減額を否定しました。

素因減額に関する下級審の裁判例

【肯定例】
被害者に脊髄圧迫による神経症状が発生し重篤となったことについて、「本件事故前から広範囲にわたる脊柱管狭窄、椎体の術後変化、椎間板の変性等の既往があったことが大きく影響している」として40%素因減額(東京地裁平成29年10月19日判決)。

【否定例】
腰痛と下肢痺れの後遺症に関し、「後遺障害等級14級9号に該当する局部の神経症状であり、労働能力喪失期間が5年にとどまることも考慮すると、被告に損害の全部を負担させるのが公平を失するとまではいえない」として、既往の腰椎ヘルニア、脊柱管狭窄症による素因減額を否定(東京地裁令和元年12月12日判決)。

心因的要因

心因的要因とは、一般的には被害者の精神的傾向をいうものとされ、裁判実務では、「広義の心因性反応を起こす神経症一般」のほか、賠償神経症や症状の訴えに誇張がある場合も含むとされています。

裁判事例で問題となる心因的要因は、性格、不満、回復意欲の欠如、ストレスなど様々です。

そうした心因的要因について、最高裁判例は、「損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超え」、かつ、「その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているとき」に素因減額されるという考え方を示しています。

素因減額を肯定した最高裁判例

長期の治療・症状悪化について
(最高裁昭和63421日判決)


被害者が外傷性頭頚部症候群等の受傷をし10年以上の入通院を余儀なくされたとして損害賠償を請求し、事故後3年分については最高裁が相当因果関係を認めた事案でした。

最高裁は、
損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであつて、
②かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、
③民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、
素因減額ができるという基準を立てました。

その理由として、「損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念」を挙げています。

そして、被害者の特異な性格、医師の診断に対する過剰な反応、加害者に対する不満、回復への自発的意欲の欠如等の心理的要因があいまって適切さを欠く治療を継続させた結果、症状の悪化とその固定化を招いたと認定し、40%の素因減額をしました。

素因減額を否定した東京地裁判例

事故以外の要因の可能性について
(東京地裁平成27年3月31日判決)


被害者が診断された身体表現性障害(身体的な疾患や異常がないにもかかわらず様々な身体症状が持続する病気の総称)について、裁判所が事故との相当因果関係を認めた事案でした。

裁判所は、その身体表現性障害の原因について、「ストレスなどの心理社会的要因が関係しているといわれているから、本件事故以外の要因が影響している可能性もある」と述べました。

しかし、「それはあくまでも可能性にとどまる」、「身体表現性障害の程度は第14級にとどまり」「損害は、本件事故によって通常発生する程度、範囲を超えているとはいえない」として、素因減額を否定しました。


民法722条2項

被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。


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このページの筆者

 弁護士 滝井聡
  神奈川県弁護士会所属
    (登録番号32182)